先日、「皆の衆」の作詞者としてご紹介した関沢新一さんは、
鉄道ファン(写真、模型など)でもある、ということで蒸気機関車の写真集を出していらっしゃる。
そのうちの二冊を図書館で借りてみました。

その一冊

「さあ行こう、俺たちの美しいやつ ー続 滅びゆく蒸気機関車写真集」 (ノーベル書房)

は、ほぼモノクロ(この方が似合いますね)の蒸気機関車の写真に、
ときどき谷川俊太郎さんが描き下ろしの詩を添えています。 
どれもなかなか良いのですが、その中の一編
ちょっと長いけど、自分自身の備忘録として、全文引用しておきましょう。

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「リズム」 谷川俊太郎

カーブにさしかかるたびごとに
窓から首を出し
主連棒と
動輪と
返りクランクの織りなすリズムに
夏休みのよろこびをたしかめた

煤がすぐ目に入り
母の手に白いハンカチがとり出され
鼻の奥にしみこむ煤煙のなまぐささに
かすかなオーデコロンの匂いがまじった

田の中の小駅に列車が止まると
束の間蛙の声が耳にとどいた
そしてふたたび短い汽笛と
谺のように伝わってくる連結器の響き

緑いろのビロードの座席にもたれて
しばらくの間私は眠った
眠りながら感じていた
鉄橋をわたり
トンネルをくぐり
機関車が私を未来へと強い力で
ひっぱってゆくのを
 
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私がほんの子供の頃、かろうじて一回、蒸気機関車を見た経験がある程度ですし、
私の母のハンカチは、白くはあっても、間違ってもオーデコロンの匂いはしなかったでしょうが、
この詩に書かれていることは、なんとなく自分の子供時代の感覚にも通じるように思います。

それは、たとえば、
親の愛情に包まれた、今思えば甘い、甘い時期の記憶、
「未来」という言葉さえ思いつかないほど、
膨大な未知、未定、未熟な事々

戻りたいとは決して思わないけれども、
なんだか懐かしいですね。

そうそう、蒸気機関車の写真が何故美しいって、
理由の一つは、
周りに電柱、電線がないことです。
見てみて気が付きました。

この写真集、昭和40年代の出版で、
最近あまり貸し出されていないような雰囲気です。
みなさんもいかがですか。