電車の中でスマートフォンに

心を奪われている体の人たちの手元を見ると、

たいがい同じゲーム?をやっていて、

いろいろな色のボールみたいなのがブルブル震えているようなのを、

指であちこちに「仕分け?」しているような、あれですね。

ともかくとても熱中できるらしく、

電車を乗り降りするときも止めないので、

やっている人の動きは、周りの流れと違って、迷惑を感じることたびたび。

ある人に、

「あれって、何がおもしろいんですかね?」

と聞いてみたら、

「エアキャップをプチプチつぶし始めると、やめられない、みたいなものですかね」

ということで、

「おお、それならナットク!」

と昭和な私は一気に理解してしまいました。

両方とも、

「そんなことやっているくらいなら、もうちょっとましな事やったら」

と言われるようなことですね。

なのに、なにゆえ、あれをやりたくなるのか。

たぶん、

一つの、なんの労力も努力も必要ない単純作業に、

「集中」

できるからでしょう。

集中するから、しばしの間、めんどくさくて、大事な、他のいろいろなことを忘れられる。

でも、難題に集中する訓練をしているわけじゃないから、

ゲームを終えると、相変わらずやらなきゃいけないことは残っていて、

そういう大切なことには、

相変わらず集中はできない。

いかがでしょう。

試験前夜に、江戸川乱歩などに逃避したりした苦い経験から、まあかように思うわけです。