悪文を読んでおります。

翻訳もので、

「〇〇〇〇、それは実は☓☓☓なのだが△△は☆☆となっている、を……」

みたいなやつ。

「を」に行き着いたときには、もう〇〇〇〇なんて忘れちゃってるよ、

という感じです。

それで〇〇〇〇に戻ると、今度は「を」がどこだったか忘れてしまう。

さて、これを真面目に読んでいると、そのとおりなのですが、

試みに、細部をちょっとあきらめて流し読みをすると、

かえって意味が取りやすいのですね。

前の文の残像が残っているうちに、次のところに到着している。

飛ばし読みのスピードがあったほうがかえって良いのです。

これ、いろいろなことに当てはまりませんか?

整体で体を見る時は、まさにそんな時があります。